Values-direction1258

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私たちは何か行動したり、考えたりすることに理由づけをします。
理由づけをするのは当たり前のことであり、幼い頃から何かすると両親や先生から

「どうしてそんなことしたの」

と聞かれ続け、そのたびに理由を答えてきました。

ですから、何かするのには理由があると、そう信じ込んでいますし、理由があると行動が分かりやすいと思っています。

ところが、自己を台無しにしたり、人生や人間関係に制限を加えて自ら苦しんでしまうときに、その原因は、過去からの生い立ちやさまざまな記憶、思考や感情から成り立つ「苦しみのストーリー」にあると考えてしまうことが多いものです。

そのストーリーにこだわりを見せるとき、実際は単なる理由づけにしか過ぎないストーリーがあたかも行動を支配しているかのように見せかけてしまう大きな役割を果たすこともあります。

何度か過去日記にも書いていますが、

1. 片足を失ったから、両足で走ることができない
2. 気分が落ち込んでいるから、外出できない

これらを比較したときに、1の場合は、片足を失っているのは事実ですから、当然両足で走ることができないのも事実です。
どんな状況になっても両足になることはありません。

しかし、2の場合はどうでしょうか?

本当に気分が落ち込んでいたら外出できないのでしょうか。
もし、家に火がついたら、外に飛び出すでしょう?
その時、外出できない理由としての「気分が落ち込んでいる」というのはどこかに行ってしまいます。

つまり、気分が落ち込んでいる「から」、外出できないという理由は、実は外出できない理由でなかったことが分かります。

このように

○○だから、▲▲できない(できる)

の○○の部分に、思考や感情があって、それが理由となるとき、それは▲▲できない(できる)という行動の理由にならないということです。

なぜなら、思考や感情は、前回の日記でも書きましたが、事実ではないからです。
事実でないものを理由として、これらが行動を支配することはあり得ないことなのです。

○○だから、という表現を使うとあたかも、それが理由となるように思えますが、実はそうでないのです。

こんな話はどうでしょうか?

お酒を飲むと暴れて家族に暴力を振るう人が、「家族のために」お酒をやめたいと強い理由を持っていたとします。

しかし、ある日お酒を飲んでしまいました。
どうしてその日、お酒を飲んだのかと聞くと「仕事でむしゃくしゃしたから」などと理由を述べるでしょう。
他に理由はあるかを聞くともっと理由を出してくるでしょう。
でっち上げの理由でもいいから考えてくださいと聞くと、もっともっとたくさん理由を挙げることができるでしょう。

どれももっともらしく聞こえます。
一方で、「仕事でむしゃくしゃしていても」お酒を飲まなかったことはありますかと聞くと、必ず「あります」と答えます。

そして、「仕事でむしゃくしゃしていても」お酒を飲まなかった理由をたくさん挙げてくださいというと、その理由はやはりたくさん挙げることができるでしょう。

やはりどれももっともらしいものです。

このように、理由のリストが瞬時に作り出されるのです。

「仕事でむしゃくしゃしていても」お酒を飲んだり飲まなかったりする事実から分かることは、「仕事でのむしゃくしゃ」は行動の原因とはなっていないのです。

たぶんこういうことなのです。

飲むか飲まないか、その方針を決めると、それに対応する理由が選び出されるのです。
その時、一方の理由は不思議なことに、きれいさっぱり消えてなくなるのです。

もっと不思議なことがあるのです。

いったんお酒を飲むと決めてしまって、そのために選び出された理由は、
「家族のために」お酒を飲まないという何よりも強い理由すら無効にしてしまうのです。

理由が行動を支配しているとしたら、この強い理由のためにお酒は飲まないはずですが、実際はそうではありません。

このように、思考や感情からなる理由は行動を正当化してしまうのです。
正当化するからこそ、見かけ上は思考や感情が行動の理由になるのです。

理由づけで行動を正当化しているとき、自分にこう問いかけてみたらどうでしょうか。

  • その理由は自分の役に立っていますか?
  • もし、自分の理由や思考が100%正しいとして、それで自分はどうするのですか?
  • 100%正しい理由や思考は、自分をより活き活きとしますか?
  • これまで何度も聞いてきた理由や思考ではありませんか?とするなら、今ここで同じ理由や思考を述べたところで、それで何か変わりますか?

思考や感情からなる理由で、その行動を必死になって正当化しているときには、大きなことを見落としているのです。

すなわち、自分の人生や自分自身を台無しにする行動を正当化していることを。

感情や思考をコントロールしたり、言い換えたり、消去したり、抑圧したり、逃げ出したりしても徒労に終わります。

そもそもそうしている間、人生の時間は止まっているのです。

私たちは、どんなに不快に思考や感情を持ったとしても、それを持ちながら、本来歩みたい行動をすることができるのです。

最強の方法だと思いませんか?

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私が所属しているV.d.sは、その根底に
次世代の認知行動療法の一種で関係フレーム理論に基づいたやり方や、
ミルトン・エリクソンを源流とするブリーフセラピーをもとに、苦しみや悩みから抜け出し、
活き活きとした人生を歩むということをテーマとしています。

そのためにコア・スキル(中心的技法)としてマインドフルネスを利用しています。

現在、どのようにして悩み苦しみから抜け出すのかを心理学の立場から一緒に学ぼうと、新規会員を募集しています。

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この記事を書いた人

ファウスト博士
ファウスト博士
心理学を日常生活や人生に徹底的に使うことにより、なりたい自分を手に入れ、心と人生を取り戻すことをサポートするV.d.s.

V.d.s.主任研究員