anxiety-disorder-symptoms

私が所属しているV.d.sは、

  • そもそも人はなぜ苦しんで人生を立ち止まってしまうのか
  • 本当に苦しみをなくすことができるのか
  • たくさんのセミナーや自己啓発本で紹介されているポジティブ思考や引き寄せなどというものに効果はあるのか
  • 効果があるならどうして苦しむたびに同じことを繰り返すのか
  • そもそも思考や感情はコントロールできるのか

これらの研究をやってきました。

私たちは

現実をありのまま肯定し、そこからさまざまな思考や感情を引き連れながら、人生での歩みを止めることなく、本当に自分が生涯をかけて実現して行きたいことをやってみよう

を目的にしています。

人が苦しみに陥ったとき、苦悩があることが問題ではなく、苦悩のためにやりたいことができないこと、それこそが本当の問題なのですから。

違ったことをしましょう。

これまでと同じことをし続けると、同じ結果しか手に入れることができないのですから。

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私たちの研究の根底には
次世代の認知行動療法の一種で関係フレーム理論に基づいたやり方や、
ミルトン・エリクソンを源流とするブリーフセラピーをもとに、苦しみや悩みから抜け出し、
活き活きとした人生を歩むということをテーマとしています。

そのためにコア・スキル(中心的技法)としてマインドフルネスを利用しています。

どのようにして悩み苦しみから抜け出すのかを心理学の立場から一緒に学ぼうと、現在、新規会員を募集しています。

http://v-d-s.net/

また、2/28までの期間限定(期間を延長しました)で、私たちの活動を広く知ってもらうため、気になる
いろいろな商品をとても安く販売することにしました。
新商品も投入しています。

ここにしかない商品もあります

http://vds-store.com/

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私たちが苦しい状況に陥って、どうしようもなくなっている時、
よくこんなことを考えてしまいます。

このどうしようもない状況は、○○のせいだ
○○が△△しなければこうならなかった

この苦しい思いや感情をなくすために
とにかく××をしよう

こんな苦しい状況にある自分はなんて不幸なんだ

などと。

つまり、苦しんでいる現状をなんとか脱するために、
人や環境、思考や感情をコントロールしようとするのです。

ところで、苦しみというものはよく見ると2種類あることが分かります。

 

1つは、生活や人生の中で、私たちが望むと望まざると必ず現れるもので避けることができないものです。

たとえば、死ぬこと、別れること、病気になること、老いることなどでしょう。

これに出くわすと痛いのです。

この痛みは気持ちがいいものではないですが、人であれば必ず出くわし、絶対に避けることができない痛みであって、通常で、自然で、健全な痛みなのです。

この苦しみを「きれいな痛み」と言うことにします。

 

2つ目は、このきれいな痛みをコントロールしようとすることによって発生する痛みです。

きれいな痛みをコントロールする、つまり、なかったことにしたり、戦ったり、乗り越えようとしたり、
ポジティブに置き換えようと頭の体操をしたり、排除したり、逃げ出したりするようなことです。

よくあることが、かつては愛し合った人との別れが分かりやすいたとえかも知れません。

別れというものは人が出会うと必ず何らかの形で訪れます。

その別れというものは、私たちに痛みを与えます。

この痛みは「きれいな痛み」です。

しかし、その別れの痛みに直面したときに、このきれいな痛みをコントロールしようとしてさまざまな策を講ずることがあります。

その策には役立つものもあるでしょうし、役に立たないものもあるでしょう。

この痛みを否定しようとしたり、これからは痛みを感じないようにするために、

異性と付き合わない
人を信じない
騙されないように必要以上に人間関係を制限する
そもそも相手が悪かったと考えたり
自分自身を責め続けたり
起きてしまった事実に対して延々と原因を追及したり
未来はもうないように思えたり
仕事も含め自分の人生が台無しになってしまったように感じたり

そんなことをするでしょう。

つまりは策を講ずることによってますます苦しくなり、生活や人生に代償を支払うことをしてしまうのです。

異性との関係で悩むときは、その人にとって異性との関係がとても大切だからこそ苦しむのであって、
そもそもそれが大切でなかったら苦しむことすらないわけです。

そんな大切だと思っている関係をきれいな痛みのコントロールで制限してしまうと、
ついには、もっと大きな痛みが発生するのです。

苦しみから抜け出せないとき、おそらくは

きれいな痛みをコントロールしようとすることによって、ますます痛みを深めている状態

なのです。

これを「汚い痛み」と言います。

きれいな痛みは生きていると発生する、健全で自然なものですが、
汚い痛みは、不必要な痛みなのです。

私たちが苦しみ、どうしようもなくなっているとき、
その苦しみのうち、きれいな痛みと汚い痛みの割合を考えてみるとどうでしょうか?

たぶん、きれいな痛みの割合は汚い痛みと比べて小さいものでしょう。

 

もし、この汚い痛みを低減して、きれいな痛みだけを残すことができたとしたらどうでしょうか?

きれいな痛みは避けることができません。

このきれいな痛みを避けようと努力すること自体が汚い痛みを生み出します。

結局は、人が誰しもが持つきれいな痛みについては、ありのまま受け入れるしか方法がないのです。

汚い痛みについては、きれいな痛みをコントロール、排除、回避、置き換えなどをすることによって発生するものですから、
一切のコントロール、排除、回避、置き換えなどをやめてしまえばいいのです。

そんなことをしたら大変なことになると、私たちの思考は囁くでしょう。

思考は、何もする前から不安と恐怖を囁き、失敗する未来を見せて新たな行動を断念させる達人なのです。

あるいは、何もしないわけではないが、今はその時期ではない、ともっともらしい理由づけをして先延ばしを巧妙に仕掛けてくるでしょう。

だからこそ、同じことを繰り返す私たちがここにいるのです。

私たちは、一切のコトンロールをやめるという方法を最後までやり尽くしたことがないのに、どんな大変なことになるか、体験として分かっていないことに注意する必要があります。

思考のこの囁きを信じて、これまで通りのきれいな痛みに対するコントロールを始めたとたん、
汚い痛みが増大するのです。

汚い痛みはスキルを磨くことによって低減するとは可能です。

まずは、苦しみがきれいなものか汚いものかを見分ける知恵と、
きれいな痛みを受け入れる冷静さと、汚いものを低減させる勇気が必要です。

この記事を書いた人

ファウスト博士
ファウスト博士
心理学を日常生活や人生に徹底的に使うことにより、なりたい自分を手に入れ、心と人生を取り戻すことをサポートするV.d.s.

V.d.s.主任研究員